デス・オーバチュア
第38話「光皇(こうおう)」



かって広大な大陸が存在した。
その大陸で最強の勢力を誇っていた軍事国家、獅子という意味の名を持つ国ルーヴェ。
ルーヴェには三人の皇子と一人の皇女が居た。
長兄は闇の皇子と呼ばれ、末弟は黒の皇子と呼ばれ敬われ……いや、ある意味恐れられていた。
内(国内)からも外(国外)からも、その優秀さゆえに。
だが、彼等は確かに優秀だったが天才ではなかった。
真の天才は次兄……全てを手にしていたがゆえに何も望まず、何にも興味を示さなかった……虚無の皇子と呼ばれし者。
その彼が一振りの剣と出会った偶然が全ての始まり。
二人の皇子の、ルーヴェの、大陸の、全ての滅びの始まり……。
偶然にして必然、全ては運命を司る剣の女神が予め定めたことだったのかもしれない。



「同じ相手に二度殺される馬鹿もそうは居ませんよ」
上半身と下半身の二つに切り裂かれ地に落ちる兄を無感情に見つめ、コクマは呟いた。
コクマはゆっくりと紫水晶に再び手を伸ばす。
コクマの右手が今度こそ紫水晶を掴もうとした瞬間、チーンという音が響いた。
反射的に、コクマは魔導昇降機の方を振り向く。
「くっ!」
コクマの目の前に黒い刃が迫っていた。
コクマは仰け反って辛うじて飛来した黒い刃をかわす。
黒い刃は代わりに紫水晶を弾き飛ばすと、魔導機昇降機の方へ、主の元へと戻っていった。
漆黒の長い髪、黒曜石の瞳、黒い法衣を纏った冷たい印象のする少女。
タナトス・デッド・ハイオールドの左手に黒き死神の刃「魂殺鎌」は握られていた。
「……乱暴ですよ、タナトス。水晶が砕けたらどうする気ですか?」
弾き飛ばされた紫水晶は、丁度コクマとタナトスの中間の位置ぐらいに転がっている。
「……その時はその時だ」
タナトスはゆっくりと紫水晶の前まで歩いていった。
「よくその魔導昇降機が使えましたね?」
コクマはタナトスが紫水晶を拾うのを止めるでもなく、ただ見つめている。
「魔導について教えてくれたのは……あなただ、父様……」
タナトスは紫水晶を懐にしまうと、魂殺鎌をコクマに向けて構えた。



「ハーティアの森の結界を甘く見てましたの? あなた達ごときに打ち破れるものではないのですのよ」
舞い散る薔薇の花びらの中で、フローラ・ライブ・ハイオールドはそう告げた。
彼女の目前には三人の仮面の男達が呆然と立ち尽くしている。
「恐らくあの赤い悪魔に結界ごと森を灼かせて、火事場泥棒のようにクリスタルを回収するつもりだったのでしょうけど……それももう無理なこと」
フローラはゆっくりと仮面の男の傍まで近づくと、その頬に手を触れた。
「体だけじゃなく、もう口も動きませんの? 薔薇の香りはお気に召さないですの?」
男は微動だにしない。
いや、できないのだ。
ハーティアの森に侵入しようと試みていた彼等は、ハーティアの森の『中』から姿を現した若草色の髪の少女の放った薔薇の芳香に支配されている。
フローラは三人の仮面を一枚一枚剥ぎ取っていった。
「ふむ〜、全員不細工ではないけど、たいして美形でもないですの……誰を助けてあげましょうか? まあ、ランダムでいきますの。一人目はそろそろですの? 3、2、1、はいですのっ!」
フローラのカウントが終わると同時に、男の一人の体から弾けるように深紅の薔薇が飛び出す。
「さあ、次はどっちですの? 最後まで残った方は助けてあげますの」
フローラの言葉が終わるよりも早く、二人目の男を内側から食い破るように薔薇の花が飛び出した。
「はい、決定ですの」
フローラは最後に残った男の額を指で弾く。
「あなたは助けてあげますの、その代わり……」
フローラは右掌の上の緑色の六角形の水晶柱を見せつけた。
「緑水晶を持つのはフローラですの。フローラ・ライブ・ハイオールドが譲り受けましたの、ハーティアの森にはもう無いですの。欲しかったらクリアのフローラのお家にまで取りに来るといいですの……と伝えて欲しいですの、オッケイですの?」
体の麻痺している男は当然のように、返事をすることも頷くこともできない。
「嫌だというならお仲間のお二人と同じように赤い薔薇のオブジェになってもら……ああ、麻痺して喋れなかったですの? それは失礼しましたの」
すでに薔薇の餌食になった二人は死んでいるのか、それとも生きているのか、どっちにしろ薔薇は男達を養分にでもしたかのように美しく咲き誇っていた。
「やっぱり、薔薇は赤が一番ですの! 赤い血との組み合わせも最高ですの!」
フローラは花園で遊んでいた時と同じどこまでも無邪気な笑顔を浮かべている。
「体内の種の発芽は止めておきましたの。麻痺は三十分もすれば解けますから、そしたらちゃんと報告しに帰るのですのよ」
そう言うと、フローラは踵を返し、ハーティアの森の中に消えていく。
後日の話になるが、三分の一の確率で偶然見逃して貰った千面衆の男は、報告を済ませた直後、内側から飛び出すように生えた薔薇によって、薔薇のオブジェと化し絶命した。
フローラには、最初から一人たりとも見逃す気はなかったのである。
無邪気なようで冷酷、いや、無邪気ゆえの冷酷、それがフローラ・ライブ・ハイオールドだった。



ダイヤモンド・クリア・エンジェリックは、核たる水晶柱の亡くなっている魔法陣を見てため息を吐いた。
ここはホワイトの王城の最下層。
ダイヤは知らないことだが、ここの設備はパープルの大空洞と酷似していた。
「一足遅かったようですわね」
ダイヤは組んだ両手を顎に当てて考え込む。
エランの予想通り、ホワイトに侵攻してきたファントムは、リーヴ・ガルディアによって撃退されたようだが、その間に白水晶はファントムの暗殺集団「千面衆」の手によってすでに持ち出されたようだった。
「今から向かって間に合う可能性がある国は……」
グリーンには、ハーティアの森に住む者達と密かに交流があるフローラが、イエローにはクリアの軍師にして宰相であるエランが自ら出向いている。
そして、パープルにはタナトスが向かったはずだ。
残るは、レッド、ブルー、ブラックの三国だが、ブラックには手を出す必要がないとエランに言われている。
「レッドですわね。クロスは表の侵攻を止めることを優先するでしょうし……ブルーの表の侵攻と裏の水晶柱奪回を私一人でくい止めるのは無謀ですし……」
ダイヤは冷静な判断をくだすと、踵を返し歩き出した。
ダイヤは空間転移ができる。
だが、このホワイトの王城の中では転移は使えないのだ。
首都の外からの魔術攻撃への対抗結界や王城内での魔術や転移の封印結界といい、ホワイトのその手の技術はクリアやパープルに次いで充実している。
そのせいで、ダイヤも誰にも見つからずここまで辿り着くのに手間取ったのだ。
「とりあえず、城外に出しだい、転移ですわね」
自らの能力でどこからでもどこへでも自由自在に転移できるダイヤと違って、クロスやタナトスはクリアの装置を使っての転移である。
転移装置は、予め設定された二つの転移装置間のみ、つまり特定の場所から、特定の場所へしか転移できないのだ。
例えば、クロスやタナトスの場合、他の国に転移するためには、一度クリアに戻り、転移しなおさねばならない。
「面倒ですが、やはり、私が働かなければならないですわね……」
面倒だが、祖国と……友人のためだ。
居心地の良い場所を守るためなら、できるかぎりのことはしよう。
「なんか自分で自分を説得しているみたいですわね……」
心のどこかに、クリアなど、中央大陸などどうなろうが自分には関係ない……という兄と同じような冷めきった感情があった。
その感情を掻き消すために、クリアが、クリアの友人達が自分にとってどれだけ大切で、居心地の良いものか思い出す。
「私はお兄様と違って、人間をやめるつもりはありませんので……」
人間でいたいのなら、人間の価値観で、人間らしい行動をしなければいけない……とダイヤは自分自身に言い聞かせていた。



ブラックの首都を静寂が支配する。
Dはその場から一歩も歩くこともなく、ブラックの全ての住民を皆殺しにしていた。
「思ったよりつまらないものですわね……これなら、一瞬で首都を呑み込んでも良かったかもしれませんね……ん?」
がっかりしたような表情で呟くDの前に一本の矢が飛んでくる。
Dはあえてその矢を避けなかった。
いや、避ける必要が無かったというべきか。
矢はDの左胸を『すり抜けて』いったのだ。
Dは矢の飛んできた先に視線を向ける。
闇の球体によって殺されたかっては人間だった物の山、そこにまだ生きている者が居た。
小さな子供。
まだ十歳にも満たない子供がDに弓矢を向けていた。
「……宜しいでしょう。貴方の勝ちですよ、坊や。約束ですから、貴方だけは殺さないであげましょう」
Dはニッコリと微笑む。
それは虐殺者には相応しくない、慈愛に満ちた優しげな笑みだった。
「ほう、傷をつけれなかったから、無効とか言わないのだな?」
唐突に生まれた第三者の声。
「ええ、そんな狡はしません。無敵の遊戯など面白くもなんともありませんから、効かなくても当たりさえすれば坊やの勝ち、私の負けです」
「なるほどな」
姿を現したのは、金髪に氷のような青い瞳の青年ルーファスだった。
「お前は本当はエナジーバリアなんていらないものな。なぜなら、どんな物もお前を傷つけることはできないからだ」
ルーファスの左手が一瞬ぶれる。
いつのまにかルーファスの左手には細身の剣が握られていた。
「お前は闇の塊、闇はどんな剣でも斬れず、どんな拳でも砕くことも、どんな炎でも灼くこともできない」
「ふふふっ、相変わらずのお手の速さ、エナジーバリアを張る間もありませんでしたわ」
Dは心の底から愉快そうに笑う。
実はルーファスは剣を出現させると同時に、Dを何百回と斬りつけていた。
しかし、刃は全てDをすり抜け、Dにはかすり傷一つ付けられなかったのである。
「そう、本来はお前はこうやって無防備に相手の攻撃を受けても問題がない。お前が相手の攻撃をわざわざ受け止めたり、かわしたりするのは、戦いを楽しむためだ。急所に当てられたら、すり抜けてノーダメージでも負けという自ら定めたルールを守ってな……」
「無敵、不死身で戦うことほどつまらないことはありませんもの。戦いとはスリルがあってこそ成り立つもの」
「ふん……おい、そこのガキ、邪魔だからさっさと失せろ。調子に乗ってもう一発矢を放ったら、この怖い女に殺されるぞ」
ルーファスはDに矢を向けたまま震えている子供に告げた。
子供はDとルーファスを見比べた後、逃げ出す。
Dもルーファスもそれで子供には完全に興味を無くしたかのように、お互いに向き直った。
「お優しくなられましたね、人間の子供を助けるなど……以前の貴方様では考えられなかったこと……」
「別に、邪魔だから追い払っただけだ。それ以下でもそれ以上でもない」
「……ではそういうことにしておきますね。で、どうされるのですか? わたくしと戦いますか?」
「別に、一応見に来ただけだ。どうやら、ここは守る必要ないみたいだしな。ああ、手遅れだからじゃない、意味がないってことだ」
「……流石に全てお気づきになられましたか?」
「まあな……じゃあ、また後でな」
ルーファスが背中を向けた瞬間、無数の闇の球体が出現し、ルーファスに襲いかかった。
瞬き一つの間の後。
全ての闇の球体が同時に破裂し、ルーファスの剣がDの喉元に突きつけられていた。
「遅すぎるぞ、D」
「ほんの戯れですわ。それよりも、そのような玩具でわたくしを斬るおつもりですか?」
ルーファスは鼻で笑うと、剣を横に振る。
すると、剣の刃が消え、柄だけになった。
「斬れるわけないだろう。闇を斬れるのは光だけだ。だが、お前は光喰い、光を喰らって無限に成長する闇……そんなお前を斬れるものは二つだけ、ゼノンのような『斬る』という現象概念か、お前が吸いきれないほどの光……そのどちらかだけだ」
ルーファスは氷の瞳でDを冷たく見下す。
「ええ、わたくしを傷つけることができるのは、この世でゼノン以外では、貴方様だけですわ……光皇ルーファス……わたくしの唯一人の御主人様」
Dは熱の籠もった眼差しで、自らの主人を見つめていた。



















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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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